昨日の続き

夜になってまた散歩に出かけた。散歩といっても一時間以上歩いたのだけれど。六時半過ぎに家を出た。雨が降らないかと空を見上げた。建物に区切られた狭い空に星が見えた。星を見るのも久しぶりだ。僕の部屋は窓があるけれど、そこから星を見たことなど無かった。

暗くて周りが見えないと人の目もあまり気にならないのでよい。それに今住んでいるところの近くは道が入り組んでいて、住宅街なのに人気が少ない。ちょっと怖さを感じるくらいだった。光に包まれたように明るい高層マンション群の周りの道を通って橋を渡り、自分が住んでいるのと似たような背の低い団地を抜けて、その団地に沿った道をはさむ住宅地に入った。一戸建ての家が立ち並んでいてその間の道を歩いた。こちらのほうへ進めば、家に帰る道に当たるだろうとなんとなく思ったからだ。下水道が来ていないのか家々から肥溜めのような臭いがしてくる。歩くに従ってだんだん坂の傾斜がきつくなっていく。そして明かりが少なくなっていく。

そしてあるところから家々の雰囲気が変わってきた。古臭い、しかし日本家屋の歴史的な雰囲気を欠いた、バラックを建て増したような家や粗末な集合住宅の間を縫うような、車一台が通るのがやっとといった感じの狭い道を歩いた。家は沢山有るのに人の気配がまったくしない。新しい家に混じってこういう家があるのは見たことがあったけれど、こういう家ばかりの地区は見たことが無かった。たまに明かりのついた家を見かけたり車が通ってほっとしたくらいだ。まるで迷路だった。次々に四つ角やT字路が現れてそのたびにどちらに進もうか迷った。結局川のほうに向かって歩いた。もう一つの橋がある道に出られるのではないかと思った。真っ暗闇の中に落ちていくに従って、遠い暗闇のそこから這い上がる轟音がごつごつしたアスファルトを伝って、足元から胸のあたりまで突き上げてくるのを感じるようになった。それが増水した川の流れる音だとすぐに気づいたけれど、家並みが切れて行き止まりになり、その先が何も見えず、その見えない向こうからやってくるのでそこには川があるのだと納得するしかなかった。そして自分のこの道を歩いていけばそのまま家に帰れるはずという予想は外れたことを感じ、徒労感に包まれ、宙吊りにされたような気がした。

結局もときた道を今度は逆に上り坂として登ることになった。途中で郵便配達のバイクが止まっていて、人が住んでいるという実感をやっと感じた。坂を登りきって広い道に出た。来るときに通った橋の上から真っ暗な谷底を見下ろした。川の流れる音はあまり聞こえなかった。顔を見上げて遠くを見た。ぽつぽつと明かりが遠くまで見えた。今度もう一度、昼間に散歩してみたいなと思った。