海を見てきた

八時過ぎに目が覚めた。午前中から風が強かった。空が暗かった。窓の外から潮の匂いがしたような気がした。風は海のある方角から吹いてくる。数キロ先からでも匂うものだろうか。昼飯を食べてからすぐあとに、驟雨が降り出したので、窓を急いで閉めた。雨足はすぐに弱まって通り過ぎていった。ちょっと涼しくなった。日は翳ったままだ。朝に感じた潮の香りのせいでまた海が見たいなあ、と思いながらだらだらネットしていた。

昼の二時過ぎ、やっぱり海を見に出掛けたくなって、身支度をした。はたと思いとどまった。雨は降らないだろうかと思って新聞を見た。降水確率は三十パーセントだった。雨が降るかどうかなんてどうでもよかった。朝、塩の匂いを感じたような気がしてから、無性に海が見たかった。

一昨日と同じように、自転車に乗って出掛けた。途中の自販機でお茶を買った。

河口に架かった橋を渡って、今日は川沿いに上流方向に向かってみた。道中、釣りをしている人や、バーベキューをしている若いグループにあった。橋のたもとで行き止まりになったので川沿いから外れた道に出た。橋とは逆の方向は見渡す限り工場と空き地だった。道の途中で公園があり、立て札にK産業団地とあった。工場や草地を挟んで道路が直線状に数百メートル続いているのが見えた。この先には何があるのだろうと思い、自転車を走らせた。

日曜日であり住宅地ではないために全くと言っていいほど人気のない道を進み、行き止まりに見えるあたりに近づくにしたがって、生臭さを感じた。まるで生ごみのような匂いだ。視線を遠くに向けると、山にかかった真っ白な綿毛のような雲が見えた。それを見たとき、高い峠道から見た下界の光景のようだと思った。そんなはずはなかった。ここは海の近くのはずなのだから。

行き止まりだと思っていたアスファルトの道路の終端から、生コンを固めたような道路に出てみると、生ごみの匂いに混じって再び潮の匂いがしてきた。それと、波音も。目の前の、三メートルくらいの高さの壁に「進入禁止」と大きく朱書きされている。

周りを見回すと、両手に傾斜の急なスロープがあった。高い所から一望してみたかった。右手の坂を上っていく。駆け上っていくうちに僕の視線は壁を越え、その左手の、向こうの白んだ陽光が透けて見えるねずみ色の空よりも暗く、底の方では黒髪のように緩やかにうねってその薄明を水面でギラギラと反射する近くの海と、その黒い海に浮かんだ大きな貨物船や大小の漁船や、正面向こうの陸と陸を結ぶ橋や左手向こうの飛行機の飛んだり降りたりする島や、もっと向こうの高い塔や、右手向こうのミニチュアみたいな町並みの見える黒い陸地が水平線をさえぎって円形に囲っていた。さっき見た綿毛のような雲は、右手向こうの町並みの背後の山々にかかっていた。その雲の白さが周りのうすぼんやりした景色のせいで異様に生々しかった。

もしデジカメでもあったら、撮影してアップしたかったのだけれど、うちにはデジカメはないので、僕の見た光景を皆さんにおすそわけできないのが残念だ。